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2017.6。6

 

「ロータリーを語る」

高橋喜一君

 皆さんこんにちは、先週のアフターファイブ例会には多くの皆様にご参加いただきありがとうございました。「ロータリーを語る」をテーマに、鈴木さん、石坂さんにお話を頂きました。また、懇親会でも多くの皆様にご意見を頂き大変ありがとうございます。ロータリーを考える大変良い例会に成ったと思います。

 わたしも当日話す予定でしたが、時間の都合がありお話しできませんでした。今日卓話の時間をお借りしてお話しさせていただきたいと思います。

 私は、平成19年に長岡RCに入会させていただきました。現在長岡RCに入会して10年になります。平成20年には社会奉仕委員長、平成21年には社会奉仕委員長、米山奨学生李知暖(イ・ジオン)さんのカンセラー、平成23年幹事、平成24年会長、平成25年理事、平成26年青少年交換留学生サントス君ホストファミリー、平成27年インターアクト年次大会実行委員長、平成28年理事、平成29年クラブ奉仕A委員長など、この10年の間に多くの役職を担当させていただきました。

米山奨学生の李知暖さんは、韓国の大邱(テグ)出身で、長岡科学技術大学の学生でした。私は彼女のカンセラーで、よく家にも食事に来られていました。好き嫌いが無く、何でもおいしいと言って食べるのと日本語が非常に上手なので、家内も張り切ってお世話していました。私の病院の歓迎会や送別会、スタッフの婚約祝いや忘年会にも参加し病院のスタッフとも仲良くしていました。次の年の米山奨学生が、タイ出身の二ムさんという方で、長部さんがカンセラーでした。二ムさんもイーさんもお酒が好きで、イーさん二ムさん長部さんと4人の食事会でもお酒をよく飲みました。お二人の当時付き合っていた彼氏も含めて6人で食事をすることもありました。その次の米山奨学生が、モンゴル出身のボロルさんという方で、カンセラーが野村さんでした。イーさんも二ムさんもまだ技大に居りましたので、6人で食事をすることが多くなりました。その後3人とも卒業され、イーさんは大阪の会社へ、ボロルさんは東京の会社へ就職され、二ムさんはタイに帰られました。イーさんとは今でも付き合いがあります。今年も会社説明会で技大に来た時、イーさんと今年の米山奨学生のエンフジンさんと長部さんと私の4人で食事しました。イーさんの日本語は大阪でさらに磨きがかかり、長部さんがわずかについていく程度で、エンフジンさんと私はほとんど会話にはついていけませんでした。米山奨学生とロータリアンの交流は、相互理解のみならず、双方にとって財産になるものであるとロータリーの本に書かれていますが、私自身非常に良い経験となりました。

 平成24年にクラブの会長職を受けることになりました。年度テーマに「不易流行」掲げました。激動の時代を生きていくうえで是非覚えておきたい言葉に「不易流行」があります。これは、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の間に体得した概念で、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」即ち「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、しかも「その本は一つなり」即ち「両者の根本は一つ」であるということです。「不易」は変わらないこと、即ちどんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないというものということで、「不変の真理」を意味します。逆に「流行」は変わるもの、社会や状況の変化に従ってどんどん変わっていくもの、あるいは変えていかなければならないもののことです。

 H24年度は会費を2万円下げさせてもらいました。その対策としてグランドホテルでの昼例会をアオーレの会議室で数回行いました。以下は初めてのアオーレでの昼例会の会長挨拶です。

皆さん、こんにちは。本日の昼例会は、このアオーレの交流ホールを使って行わせて頂きました。会長就任以来2か月、委員会、理事会を通していろいろ検討して来て、今日のような形になりました。食事費を1900円から900円に抑えることが一つの目的でありますが、一番の目的は、私たちのロータリー活動を、出来るだけ市民の皆さんにも見える形で行いたいということ、また、私たち会員が例会でのそれぞれの役割をもう一度しっかり理解することにあります。 例えば、通常の例会では、テーブルにグラスが置かれていまして、その中には水が入っています。水を飲んで少なくなるとホテルの方が水をついでくれます。しかし、その水を自分たちで用意しようとすると大変です。水の調達はどうするのか?水の温度は?グラスの準備や片づけは?誰が水を注ぐのか?私たちが毎回ごく当たり前に飲んでいる水にも、それなりに費用や道具や手間がかかっているわけです。もちろんそれは水だけでありません。会場の準備、食事、コーヒー、デザート、片づけ、出欠の確認などすべての事が同じように費用や手間がかかります。

本日は、クラブ奉仕Bの委員の方々に1時間前に来ていただいて会場の設営などの準備をしていただきました。大変ありがとうございました。また、和田委員長さんには、“何か一工夫したい”という私の希望にこたえて頂き、9月ですので、お月見のような雰囲気を出して見ようと、ススキを取ってきて頂き会場に飾っていただきました。

私も今日の例会のために何か出来ることがないか考えまして、会場の入口の案内板を、カリグラフィーで書いてもらいました。カリグラフィーは西洋書道と言われるもので、今日の案内板は、私の診療所に努めているスタッフが描いたものです。この案内板にロータリー精神が永遠に続くことを願って伝説の鳥フェニックスを描かせて頂きました。

本日の例会は、新しい形というよりも、原点に戻った手作り例会という形になると思います。是非、皆さんには、今日の食事はと考えるよりもそもそも例会ってなんだったのか?ということに重点を置いて考えて頂きたいと思います。本日の例会が、皆さんの記憶に残る例会になることを大いに期待しております。今後も、皆様の意見をお聞きしながら、さらに工夫していきたいと思いますので、率直なご意見を宜しくお願いします。本日は本当に有難うございました。

9月11日(火)アオーレ昼例会の明細です。弁当400円(ぐうぐう)、コーヒー200円、水・グラスなど50円 計650円×29名=18850円

駐車場7台×200円=1400円、クッキー3305円 合計23555円

一人当たりの費用812円

 入会した年のIM は火坂雅志の「天地人」の講演でした。IMが何であるかも分からず、出席するように言われ聞きました。大河ドラマが始まる前で大変新鮮なお話しでした。講演後本を買い、日曜日1日で上下巻を一気に読みましました。記憶に残っているのは、当時、新潟県(越後)が日本一人口の多い154万人、東京は第12位の96万人にすぎず。人口が多いということは、それを支える巨大な経済力が、この地に存在していたこと、時代が少し違えば、新潟が日本の中心であったかもしれないという事です。

 一番印象に残っているのは、20代前半の直江兼続が人質で上杉に来たまだ十代の真田幸村に直江津の港を案内しているシーンです。「義をおこなうには、利を使わねばならぬ、だが、それはけっして卑しいことではない。大事なのは利に目をくもらされてはならないということだ。利は手段であって、目的ではない。その信念を忘れなければ、人として背すじをまっすぐ伸ばして生きていくことが出来る」。我々が20代の時に、そのような信念が持てたかと考えると、謙信の教育が非常に高いレベルにあったことが想像されます。

その他、記憶に残る講演として、私たちクラブの名誉顧問である小林達男先生の「縄文の思考」や境野勝悟先生の「日本のこころの教育」が挙げられます。私がロータリーで学んだことは、私たち病院のスタッフ教育の内容にも取り入れています。

インターアクトは、12歳から18歳までの青少年のための国際ロータリーの奉仕クラブです。長岡RCは長岡高専インターアクト部を支援しています。長岡高専のインターアクト部は昭和40年に設立されて47年の長い歴史を持っています。また、地域において長年積極的に奉仕活動を行っています、顧問の佐藤公俊先生には、二十数年ご指導を頂いています。心から感謝申し上げます。2560地区にはインターアクトクラブが12あります。毎年各クラブが主管してインターアクト年次大会が行われます。長岡高専は、2014年に年次大会を担当しました。9年後には、また、年次大会を担当することになります。大会規模は、インターアクト部員、引率教師、ロータリアン合わせて150名~160名位です。1年前に実行準備委員会を立ち上げ、月1回位の割合で準備を進めます。ロータリアンも準備に参加します。2014年のテーマは「グローバルへ‼」~世界を知ることから始まる国際交流~とし、3つの分科会を企画しました。

平成26年に、青少年交換留学生としてブラジルからギョム・サントス君が長岡に来られました。交換留学生として、高専の学生がブラジルに行く予定になっていましたが、両親から治安の問題が心配であるという理由で、直前に中止となりました。1年前から準備を進めていたこともあり、受け入れ先を変更できないということで受け入れは予定通り長岡クラブが受けることになりました。私たちのクラブは、短期の留学生を受けたことはありましたが、1年間の長期の交換留学生を受けた事がありませんでした。私はホストファミリーを受けることになりました。他に2~3の家族を募集しましたが希望者が無く、見切り発車となりました。来日予定の日、新潟空港まで、米山さんと私、地区の事務の有田さんとすでに来日していた交換留学生のアンドリュー君と迎えに行きました。海外の空港会社のストの関係でドバイに1泊するという連絡が携帯に入り、来日は明日ということになりました。次の日、米山さんと再び新潟空港に迎えに行きました。長岡までの車の中で、簡単な単語も通じず、沈黙の時間が流れ、不安なスタートになりました。

長岡クラブの役員や長年ホームステイを経験している江口さんご夫婦にも出席いただいて、我が家のガレージで歓迎会を行いました。また、ゴルフが趣味ということで、私が通っているゴルフスクールのコーチや仲間で歓迎会が行われました。来日して最初の問題は携帯の購入でした。いろいろな方にも相談し何件かのショップでも相談し、1カ月かかって決まりました。来日し1カ月して私の次女の結婚式が軽井沢であり、サントス君も家族の一員として出席しました。学校は長岡高専に通っていましたが、学校でも問題は多くありました。日本語の授業や他の授業でも難しく自分の役に立たないと思うと、図書館でヘッドホーンしながら勉強したり、町のゴルフショップやゴルフスクールに長時間かけていって行ったりし、好きなことの方が優先されていたようでした。家庭でも問題はありました。家内が注意しても「分かった」と返事はするものの実行されなかったり、携帯も食事中も話さなかったり、部屋でも夜ネットで友達と話しているようでした。携帯の問題やせっかく日本に来たのだから、日本のことをしっかり学ぶように話しても、やはり自分の好きなことを優先しているようでした。高専の担任よりも同じような内容でメ-ルがありました。「高専で授業を受けることについては、サントス君本人がそれほど希望していないのであれば、それはそれで結構かと思います。ですので、履修の取りやめに関しても否定的ではなく、むしろその分の空き時間を別のことに有効に使えるようになると思います。日本で1年間過ごす上で、何らかの思い出や交流関係を作ってほしいと思います。長岡市の留学生交流センターやロータリークラブのコミュニティーでもいいと思います」・・・サントス君は、ゴルフや車、パソコンなど自分の興味のあることには、一生懸命深く勉強します。しかし、あまり興味のないことについては関心を持ちません。今回の留学も、そのような制度があるのでちょっと行ってみようかな?という感じだったのかも知れません。この年、サントス君の従妹のフランチェスカも交換留学生として日本に来ていました。フランチェスカは福島県の須賀川ロータリークラブに来ていました。サントス君が合いたいということで、連絡を取り、ホストファミリーの大木さんと大木さんのお父様、フランチェスカが来て、フランチェスカ我が家に1泊しました。また、こちらからもサントス君を福島まで連れて行きました

須賀川クラブの大木さんとお会いした時、須賀川クラブ50周年の記念誌を頂きました。創立会員で、パストガバナーの味戸道雄さんが「素晴らしかった50年の航海」の中で、須賀川クラブの青少年交換事業について触れられています。皆さんにご紹介し、また、交換事業についても考えて頂きたいと思います。

青少年交換事業、須賀川クラブの性格が色濃く出ていたのは交換学生への挑戦である。昭和42年8月、オーストラリアのヴィクトリア州地区から青少年交換委員会の委員E夫妻が当時の地区委員長佐瀬 亘氏(猪苗代)の案内で例会に出席された。E氏は当時の253地区の秋田、山形、福島と廻り、同地区との交換開始を呼びかけたが、どのクラブにも断られて、最後に須賀川に来たと言う。

私はその時国際奉仕委員長であったので二人に対応し、E氏から交換を始めよう、と強く要請された。笠原年度のRI 会長は初の日本人会長の東ヶ崎潔氏で、テーマは「PARTICIPATE 参加し敢行せよ」であった。私は会長に是非やりましょう、と提言した。もとより笠原さんは新しもの好きである。敢行しようとなった。因みにこのテーマは歴代の中で最高だと私は思っている。

それから佐瀬委員長との打ち合わせが始まった。地区で初めての交換事業、試行錯誤の二人の大奮闘が始まり、ついに翌年の11月にヴィクトリアからジャニス・ホップスが須賀川女子高に、3月に同高から中山英子が渡豪した。どちらも優秀な学生で、交換は大成功であった。わがクラブはいっぺんに国際色が豊かになり地区内でも評判になり、美少女のジャニスは各クラブから招待された。

翌年度からも引き続き交換を実施、市内3校に順番にホスト校をお願いし、ホストファミリーも最初の笠原家から順次多くの会員が引き受け、それが連続20年に及んだ。勿論、地区でも次年度以降は4人、6人と増えていった。この交換学生でわがクラブも地区内も国際ロータリーらしくなった。わがクラブではその後も最近に至るまで数多く交換学生を続行している。

サントス君の長岡の生活では、土曜日には中野さんの会社に手伝いに行ったり、松原さんの会社の展示ブースに参加させて頂いたり、カンセラーの米山さんには月1度カンセリングしていただいたり、高専のインターアクト部の皆さんにも誕生会に参加していただいたり、また、ゴルフスクールの皆さんには、スクール・コンペにも参加させて頂いたりと、多くの皆様にご協力を頂きました。大変ありがとうございます。

私自身、サントス君の日本の生活において十分の手伝いが出来なかったことを残念に思っています。しかしこの経験は、私自身にも、クラブにも大事な経験になったと思います。是非、次のチャンスに生かしたいと思います。

長岡ロータリークラブに入会して10年になります。この10年の間に多くの経験をさせて頂きました。この経験は、確実に私の成長に繋がっていると思います。会員の皆様に感謝申し上げます。

2017年5月23日 長岡東ロータリークラブ:原 信博君

         「長岡東ロータアクトクラブ再立ち上げ案」

    

2017年2月14日

卓話;米山孝之君

「地区国際奉仕委員会委員長の職務とグローバル補助金」

 

2017年3月7日 第3213回

卓話:佐藤松雄君  

 「人口減少に伴い子育てママさんの力を会社に!

        新潟県少子化対策モデル事業(地域型)」

こちらから こちらから2

2017.1.24  卓話:青柳善栄君  「ガスに関する話」

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